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101号 (仲町台編) 神経内科の最新治療と未来

2021.12.14
カテゴリ:認知症

最近のBIO技術研究の進歩はめざましく、臨床医学の分野に多くの恩恵をもたらしております。今まで治らなかった不治の病に対して有効な薬が次々に臨床応用できるようになってきているようです。原先生が昔研修していた分野も同様で、新薬の臨床応用が現実になったようですね。とても良いことだと思います。

医療法人社団裕正会理事長 脇田 正実

 

神経内科の最新治療と未来

 

2年間にわたって主に神経内科の病気についてお伝えしましたが、今回で一度終了とさせていただきます。 今回は脳神経内科領域の新しい治療や今後現れるであろう近未来の治療についてお話します。 私事ですが20数年前に米国に留学し研究に従事していたテーマは神経・筋疾患の遺伝子治療でした。 脳神経や筋肉の病気の中には出生時の遺伝子異常が原因で発症する病気が多く、難治性で根本的な治療方法がない疾患がほとんどです。

その一つである脊髄性筋萎縮症に対して本年8月に経口薬による遺伝子治療薬が保険適応されました。 この病気は乳児に発症する重症型から成人になって症状がでる軽症型まで1-4型に分類されますが、重症型では頸が座る前に発症し授乳や呼吸の障害が出現し人工呼吸なしでは生後1年ももたない大変な病気です。 医学用語で floopy infantとは抱き上げても首も手足もぐにゃりと垂れ下がったままの赤ちゃんの事ですがこの疾患がもっとも多い原因です。 原因は脊髄の神経細胞の生存に不可欠なたんぱく質(SMA蛋白)を作る遺伝子(SMN遺伝子)の欠如/異常です。 患者さんはこのたんぱく質を作れずに脊髄の運動神経細胞がどんどん壊れてしまうのです。しかし人間の細胞にはこの遺伝子のバックアップとも言えるSMN2遺伝子があり不完全なSMA蛋白を作っています。 このたんぱく質の量で重症型から軽症型までがきまります。 詳細は省きますが新しい経口薬はこのSMA2遺伝子に働きかけて完全な形のSMA蛋白を作ることができるのです。経口薬ですので入院や特殊な手技は必要なく、クリニックでも十分使用できる薬剤として大きな期待をしています。 また小児期難病の代表の一つであるデシャンヌ型筋ジストロフィーの一部の患者さんにも遺伝子治療薬が開発されました。 週一回の点滴薬ですが症状の軽減が期待され治療がはじまっています。

 さて現時点で根本的な治療・予防法の無い脳神経の病気(変性疾患)で最も患者数の多い病気は認知症です。 その代表格であるアルツハイマー病に対して発症を予防できる可能性のある薬剤が開発されたニュースは聞かれたことがあるでしょうか?

 アルツハイマー病の原因は脳の中にアミロイドβとよぶ物質が溜まることから、数々の段階を経て脳神経細胞が壊れてしまうことが原因とされています。 遺伝子に規定された体質に加えて生活習慣などの後天的な要素が関連し発症すると考えられています。 このアミロイドβに対して抗体をくっつけて脳内から除去する方法が考えられています。 日本のエーザイ株式会社と米国のバイオジェンが共同で開発したアデュカヌマブと呼ぶ抗体薬が米国の食品医薬品局(FDA)において今年の6月に迅速承認を受けたのは記憶に新しいところです。

米国で承認された抗体薬「アデュカヌマブ」(日経バイオテク記事より)

 

しかし、この薬剤については十分な臨床データがない(脳内のアミロイドβは減少するが、それによって将来の認知症発症・進展予防のDATAが不十分)との批判もあります。 本邦で承認され保険収載されれば大事件ですが、現在はまだ結論がでておりません。 いずれにせよこの薬は認知症になる前段階(軽度認知機能低下:MCI)かごく初期の段階が対象であり、進行したアルツハイマー病を治すわけではありません。また米国ではアデュカヌマブの薬価は一年で約600万円と高価な薬です。 対象となる患者数が多い認知症薬としては、日本では医療保険の財源の問題もあり複雑な議論が起きそうです。 

はら脳神経内科院長 原 一